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「若いうちから、いい下着を」と母は思う

朝のベッドに並ぶ、大きさの少し違う畳まれた服の山が2つ

※本文中の声は、実際にお客様からいただいたレビューをもとにしています。ご本人が特定されないよう、お名前などの情報は除き、一部の表現は要約しています。

夜、スマホの画面にカートが開いている。中にはブラが2枚。サイズがちがう。1枚は自分のもので、もう1枚は、娘のものだった。セールの通知が来たのが、そもそものきっかけだったという。母親が娘の下着を選ぶ場面は、レビューの中に、ときどき出てくる。多くは数行の短い文章で、最後まで読むと、下着の話だけでは終わっていないことがある。

それまでの選び方

ひとりの母は、それまで娘の下着を、別のお店の手頃なもので済ませてきたと書いていた。自分自身は何年も前からラディアンヌを使っているのに、娘にはまだ渡したことがなかった。半額のセールを見つけて、「そろそろ私愛用のラディアンヌのブラを使わせてやろう」と思ったのだという。

もうひとりの母も、書き出しはよく似ている。「母である私は、数年前からラディアンヌのブラを使用しています」。今回はじめて、中学生の娘のぶんを買った。理由のひとつは、やはり価格だった。

「中学生に高い補正下着を買う気はしませんが、こちらはお手頃価格なので、助かります」

自分の使っているものを、娘にも。ただしきっかけは、どちらもセールや価格だった。母たちのレビューには、値段の話が必ずと言っていいほど出てくる。思いだけで動いているのではなく、家計の中でやりくりしながら、そのタイミングを待っていたことが、行間から伝わってくる。

届いた日

最初の母の娘さんは、実際に着けてみて「とてもしっかりしてる」と言ったそうだ。体育の日も安心して過ごせている、と母は書き添えていた。

もうひとりの娘さんは、商品名にまず驚いたらしい。届いたブラを見て、補正下着とは思えない可愛さと、着けたときの安定感に、満足した様子だったという。サイズも、ふだんの表記とは違う選び方になったが、ちょうどよく合った。

どちらのレビューも、ここまでは、よくある「娘のために買いました」という買い物の記録だ。丁寧で、実用的で、値段にも触れている。サイズが合っているか、着け心地はどうか、学校の日に困らないか。母たちが確かめているのは、そういう具体的なことで、特別なことは何も書かれていない。

ちがうのは、最後の一行だった。

ほとんど同じ言葉

2人の母は、面識がない。買った商品も、投稿の時期も別だ。それなのに、レビューの結びに、示し合わせたようにほとんど同じ言葉を書いている。

「若いうちからいい下着をつけられて羨ましい娘です」
「若いうちから良い下着を使える娘がうらやましいです」

羨ましい。娘の買い物の記録が、最後の一行だけ、自分の話になっている。

その言葉の中身を、2人とも説明していない。何が羨ましいのか、自分の若い頃がどうだったのか、レビューには一行も書かれていない。だから、私たちにも本当のところは分からない。

母と娘のあいだで下着が行き来するレビューは、この2件だけではない。母が先に使い、娘に渡す。娘が気に入り、母が同じものを買い足す。逆に、母の変化を見た娘のほうから「私もそのブラ頼んで」と言い出した、という方もいた。胸の大きさに長く悩んできたという母娘は、母がまず試し、娘に薦めて、こう書いている。

「もっと早く購入すれば良かったと母娘で話しております」

もっと早く。若いうちから。時期はちがっても、母たちが振り返って書く言葉は、いつも時間の話をしている。

分からないまま、別の母たちのレビューを並べてみる。

「3人娘を母乳で育て」た方は、自分の下着について「年齢的にももういいかなぁと思っていました」と書いていた。何年ものあいだ、自分のことは後回しにしてきて、試しに買ってみたら、と続く。その方はレビューの終わりに、「無くなったはずの胸に谷間ができました」と書いている。

「もういいかなぁ」と思っていた人が、いる。娘には「若いうちから」と思う人が、いる。同じ人の中に、この2つが同居していることも、きっとあるのだと思う。自分の下着は後回しでいい。でも娘のは、いいものを。この2つの気持ちは、矛盾しているようで、たぶん同じ場所から来ている。

羨ましい、という言葉の後ろに何があるのかは、決めつけずにおきたい。ただ、あの結びの一行が、娘に向けた言葉のかたちをした、自分への言葉のようにも読めるということだけ、書き留めておく。そしてもうひとつ。「もういいかなぁ」と書いた3人の娘の母は、結局、自分のために試している。娘を羨ましがった母たちも、自分が何年も使ってきたからこそ、渡すものを持っていた。誰も、自分を完全に後回しにはしていなかった。そのことに、少しほっとしている。

ラディアンヌは、下着の知識が売り手の側にだけあるのをやめよう、というところから始まった会社だ。いいものが、母から娘へ、当たり前のように手渡されていく。その受け渡しのあいだに私たちの下着があったことを、作っている側として、静かに嬉しく思う。知識も、たぶん同じように手渡されている。どのくらいのホールドが心地いいか。合わないとき、どうすればいいか。レビューには書かれていないその会話が、それぞれの家であったのだと想像している。

カートには、2つのサイズが並んでいた。母のものと、娘のもの。渡されたのは1枚のブラで、それ以上のことは、レビューには書かれていない。書かれていないところに、いちばん多くのことがあるような気がしている。

ラディアンヌという会社の原点は、こちらに書いています:ラディアンヌストーリー