
※この物語は、2026年2月に実施した顧客インタビューでの実際のやりとりをもとに構成しています。ご本人が特定されないよう、年齢・地域などの情報は伏せ、発言はご本人の同意のもとで使用しています。
お風呂上がりの鏡の前で、同じ動作を一日に二回、もう長く続けている。両手で下から上へ、五秒だけキープして、また下ろす。湯船の中でも、ボディソープの泡がついたまま、もう一度。誰かに見せる動作ではないし、誰かに教わったわけでもない。ただ、続けている。日々の暮らしの中に、いつのまにか組み込まれてしまった動作だ。始まりは、それほど特別な日ではなかった。体重が少し落ちた、去年のある日のことだった。
鏡の中で、気づいた日
もともと、悩みがないわけではなかった。何が気になるか聞かれて、少し考えてから、こう答えていた。
言葉を選ぶような間があって、続けて出てきたのは、もう少し具体的な言葉だった。
その言葉が、はっきりした輪郭を持ったのは、体重が落ちたときだったという。1年で数キロ、体は軽くなった。周りからは「痩せたね」と言われることが増えた。うれしい変化のはずだった。だが、服を脱いで鏡の前に立ったとき、映ったものは、思っていたのと違った。
体重計の数字は、望んだとおりに動いた。鏡の中の数字は、望んでいなかった動き方をした。同じ体に、同時に起きたふたつの変化だった。片方だけを喜んでいいのか、わからなくなる瞬間だったのだと思う。
一日に二回
その日から、鏡の前の動作が始まった。特別な道具は使わない。手のひらと、湯船の中のボディソープだけで、毎日続けられることを選んだのだという。
効果は、はっきりとは分からない。数字で測れるものでもない。それでも、やめる理由にはならなかった。1回だった習慣は、いつのまにか2回になっていた。
手順を説明しながら、少し笑ってこう付け加えた。
必死、という言葉を自分で選んで、自分で笑う。深刻さと軽さが、同じ一言の中に同居していた。
フィッティングの日
その習慣を続けて、しばらく経った日に、今回のフィッティングがあった。担当者が持ってきたのは、それまで着けていたのとは違う厚みのカップだった。着けてみて、鏡の前に立つ。毎日向き合ってきたはずの鏡なのに、その日の見え方は違っていた。
もうひとつ、着けてみて分かったことがあった。ふだんは厚いパッドが入ったものを選びがちだったが、実際に合わせてみると、そこまでの厚みは要らなかった。長年、削げたところを埋めることばかり考えていたので、これは意外な発見だったという。
一日に二回、何ヶ月も続けてきた自分の手による調整と、その日一度のプロの手による調整。どちらも、同じ体に向き合っていた。ただ、一方は今日まで気づかずにいたことに、もう一方はその場で気づかせてくれた。
鏡の前の五秒間を、何ヶ月も続けてきた人が、自分に合う厚みをその日まで知らずにいた。これは、努力が足りなかった話ではないと思う。むしろ逆で、これだけ丁寧に自分の体と付き合ってきた人でさえ、下着の合わせ方という一点だけは、教わる機会がなかったというだけのことだ。
体重が落ちたことも、鏡の中の変化も、その人がコントロールできる範囲の外にある。コントロールできるのは、そのあとどう付き合うかだけだ。一日に二回の習慣を選んだ人もいれば、違う形で向き合う人もいると思う。
ラディアンヌの測り方のページは、A・B・X・Y・Zという5つの項目を測る方式で作られている。手で持ち上げ、吸い切りと吐き切りの両方を測る、フィッティングルームに近いやり方だ。体重が変わっても年齢を重ねても、測り直せばその時点の体に合うサイズが分かる。フィッティングの場にしかなかった測り方を、誰にでも届く場所へ開いていくために、このページはある。何年、何十年と自分の体に手をかけてきた人にこそ、その情報が届いていてほしい。
「自分のバストが老化で変わってきたので、何が合うかもっと細分化して教えていただければ幸いです」。フィッティングの最後に、そう言っていた。鏡の前の五秒間は、今日も続いているはずだ。
ご自宅でサイズを測ってみたい方へ:サイズの測り方(公式ページ)
ラディアンヌという会社の原点は、こちらに書いています:ラディアンヌストーリー