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苦しいものだと思って、遠ざかっていた

夕方の商業施設の通路。磨かれた床に天井の光が映り、右端にエスカレーターの手すりが写っている

※本文中の声は、実際にお客様からいただいたレビューをもとにしています。ご本人が特定されないよう、お名前などの情報は除き、一部は引用の一部分だけを抜き出しています。

下着売り場は、たいてい通り道にある。エスカレーターを降りた先の壁際。前を通るたび、視界の端には入っている。それでも足は止まらない。理由は、わりにはっきりしている。苦しいもの、締めつけられるもの、たぶん自分には向いていないもの。一度も着けたことがなくても、手触りだけは知っている気がする。その棚の前を、足を止めずに通り過ぎたことが、ありませんでしたか。レビューの中には、通り過ぎていた期間のことを、買った日のレビューに書き添えていった人たちがいる。買った話より前の、買わなかった何年かの話だ。

痛くても、そういうものだと思っていた

レビューを読んでいくと、「苦しい」という言葉が二通りに使われていることに気づく。ひとつは、着けたうえで我慢していた人の言葉だ。

ある方は、よそのお店のブラを数年使っていたと書いたあとで、こう続けていた。

「毎回着用して数時間経つと苦しくて辛く、その苦しさが当たり前になっていました」

当たり前になっていました、という言い方が残る。毎回同じことが起きて、そのうち、起きるほうが普通になった。

我慢の理由を自分で書き添えている方もいた。

「ワイヤーは痛くて嫌い。でもワイヤー無しだと安定感が無くて不安。なので長年我慢してワイヤーありブラを着用してました」

痛いほうと、不安なほうの二択だと思っていた、という書き方だ。時間帯で自分に言い聞かせていた方もいる。

「アンダーの締め付けが苦しいと感じつつ夜だけだし我慢できる、仕方ないと思っていました」

夜だけだし。条件をひとつ付けると、我慢は続けやすい。サイズのほうで折り合いをつけていた方は「今まで小さいサイズのブラを我慢して着用していた」と書き、別の方は「今までワイヤーブラばかりしていて痛くても我慢していました」と、それだけ書いていた。

通り過ぎていた期間

もうひとつの使われ方は、着ける前の言葉だ。そして、こちらのほうが数が多い。

「補正下着は苦しいものという思い込みがあり、ずっと手が出ませんでした」

思い込み、と自分で書いている。手が出ませんでした、も自分で書いている。買わなかったことを、失敗ではなく期間として書いている人の文章だ。その期間の長さまで書いた方もいた。

「ずっと昔のガードルはきつい痛い苦しいで着用をやめてしまって20年程になります」

一度やめて、そのまま20年が過ぎた、という書き方だ。やめると決めた日は、たぶんなかったのだと思う。近づかない理由は、苦しさだけでもなかった。

「補正下着は窮屈、肩が凝る、高いイメージなのでたまに1枚だけ買ったりしていました」
「自分に合わなかったら…と思うと購入まで至りませんでした」

合わなかったらどうしよう、のところで止まっている。着けたあとの苦しさより、買う前の心配のほうが先に来ている。

それから、売り場のことを書いた人たちがいる。

「下着屋に行くのも恥ずかしい、自分のサイズもわからないから、ブラジャー買ったことなかった」
「お店での試着、採寸に抵抗がありネットでの補正ブラを探していて行きつきました」

「専門店に行くのも恥ずかしくて勇気が出ず」と書いた方も、「下着屋さんに出向いて色々選ぶのも億劫で」と書いた方もいた。行かない理由のほうが、具体的に書かれている。順番がいちばんよく分かるのは、この一文だった。

「次第に下着売り場から足が遠のき安価なノンワイヤーばかり使っていました」

次第に、と書いてある。ある日決めたのではなく、少しずつ行かなくなった。こういう期間のことを、誰かに話したことはありましたか。話す機会のないまま過ぎていく話だと思う。

思っていたものと、違った人

買った日のレビューは、たいてい、思っていたものと違ったという話で終わる。

「補正ブラは息苦しいのではないかと思っていたが、全然そんな事はなかった」
「昔試したことのある補正下着は、きつい・苦しい・痛い・高額でしたが、その記憶を全部ぶち破られた感じです」

記憶を、と書いている。商品ではなく、記憶のほうが上書きされたという書き方だ。

ただ、ここで止めるわけにはいかない。レビューを書くのは、買った人だ。通り過ぎたままの何年かは記録されないし、買っても思い込みが外れなかった方がいる。

「一日使うと跡が付きます…。こういうものだとは思うのですが、体型に合わなかったということリピなしです」

こういうものだとは思うのですが、と書いてある。ひとつ目の章に出てきた「当たり前」と、同じ形の言葉だ。別の方は、うちの商品でこう書いていた。

「慣れるまでは…と我慢してつけていましたが、赤く跡が残ってしまう程でした」

慣れるまでは、と書いて、慣れなかった。我慢は、うちの商品でも起きている。

合わなかったと書いた、その同じレビューの最後にはこうあった。

「試着は本当に重要なので、面倒でもタグは取らずに試着することをオススメします」

合わなかった人が、次の人に向けて書いている。別の長いレビューにも一行あった。「サイズに合ったものを正しくつけて必要があれば調整する。今までこれをしてこなかったんだなぁと気づきました」。苦しいかどうかの前に、合わせて調整する手順があった、という気づきだ。

補正下着が遠い場所にあった、という話は、うちの始まりそのものだ。

ラディアンヌが生まれたきっかけは、補正下着はどうして高いのか、という疑問だった。会社の来歴を書いたページには、価格の高さ、店員に身体を測ってもらわなければならないというハードルの高さから、補正下着は距離が遠いものになっていた、と書いてある。2014年7月に始めたのは、その距離を縮めるためだった。

だから、やることは決まっている。着ける前に分かることを、着ける前に書いておくこと。ワイヤーがあるかないか、ホックが何段あるか(商品によって2段から5段まである)、脇の高さ、肩紐の幅、バージスラインの広さ。どれも商品ページの仕様に書いてある。店に行かなくても読める場所に置いているのは、行きたくない日があるからだ。

思い込みが外れるかどうかは、こちらでは決められない。外れなかった方のレビューも残っている。売り手にできるのは、判断の材料を先に渡しておくところまでだ。フィッティングの場にしかなかった知識を、誰にでも読める場所へ開くこと。それが、この会社の始まりに書いてあったことだった。

ガードルを買った方のレビューに、こういう順番で書かれた文章があった。「ずっと気付かないふりをしていた自分の体型と向き合ってみました」。そのすぐあとに、「最初履く時は『キツッ』と思ったんですが、履いてしまえばこっちのもん」。思い込みは、最初の一瞬だけ当たっていた。この方はそのあと、骨盤ベルトも買っている。

ご自宅でサイズを測ってみたい方へ:サイズの測り方(公式ページ)

ラディアンヌという会社の原点は、こちらに書いています:ラディアンヌストーリー

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